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萩ガラス 歴史 製造工程
体験したこと 詳細情報
小見出し

昔、南蛮人の渡来により長崎に伝えられたガラスの製造技法が江戸時代末期に萩の武士であった中嶋治平(なかしま じへい)によって、長州藩・萩でも伝わりました。
ガラスは玻璃・瑠璃・ギヤマン・ビードロ等と呼ばれていて貴重品扱いをされていたので、
長州藩も江戸や大坂からガラス職人を招聘して硝子工場を設置し、
見事な「切り子ガラス」の製造を開始しています。

途絶えた歴史書類

ガラス製造の目的は治平が長崎で修得した化学知識を生かして、 火薬・医薬品などを研究、製造するために長州藩が開設した舎密局で使うフラスコやビーカーなどを作る事でした。
やがて酒器や食器などの切り子ガラスの製造が中心となって、
献上品や他藩への贈答品や交易品として珍重されるようになりました。
しかし、萩ガラス工房が火災により焼失、中嶋治平も病で倒れ再建される事がなく幕を閉じたのです。
萩ガラスは幻のガラスになっていきました。

蘇る萩ガラス 画像

伝統の萩ガラスの歴史は、中嶋治平の生き方に共鳴した藤田洪太郎社長が平成5年に復活を果たすまで途絶える事となりました。
萩ガラスの復元作業に取り組み、さらに独自の萩ガラス(内ヒビ貫入ガラス)を実現しました。
約130年の時を経て蘇った萩ガラスは、中嶋治平の夢を受け継ぎ先端技術との融合を図りながら新たな物語を紡いでいます。

年表
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